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 これも2006年のトリノ五輪直前、スポーツナビに寄稿した原稿の再録です。

■フィギュアで東洋系選手が強いのは? 

 トリノ五輪日本女子代表の村主章枝(avex)や荒川静香(プリンスホテル)が師事している佐藤信夫コーチ、佐藤久美子夫人の著書によると、ミシェル・クワン(米国)を育てた名コーチ、フランク・キャロルは「東洋人の家庭の教育のあり方に違いがある」と、フィギュアスケートにおける東洋系選手の強さについて言い切ったそうだ。

 確かに1987年から96年までの10年間で、女子シングルは6回、東洋系の選手が世界チャンピオンに輝いている。89年の伊藤みどり、9192年のクリスティ・ヤマグチ(米国)、94年の佐藤有香、95年のルー・チェン(中国)、96年のミシェル・クワン。クワンはその後もさらに4回優勝しているし、2004年は荒川が頂点に立った。

「僕たちに比べると、アメリカ人は自由でしょう? 練習もやりたくなければやらなくていい。今日は遊びたいならどうぞ、となっちゃう。でも東洋人は、何時から何時まで練習しなさい、先生の言うことを聞きなさい、と親に言われたことは守っていく。その結果が、こうした成績に現れているというんです」(双葉社刊「君なら翔べる!」より引用)

 確かに北米の場合、アイスリンクの数がかなり多いので、練習環境はかなり恵まれている。それゆえ、甘いといえば、かなり甘い。気が乗らなかったら、次の日に練習を後回しにすればそれで済む。

 日本の選手は練習時間が限られているゆえ、集中力と真剣度は相当なものだ。込んでいるリンクに慣れているから、わずかな空間を見つけて、素早く3回転ジャンプを跳ぶ。あれは他国の選手にはできない技なので、そういうコンテストがあったら日本勢が間違いなくメダル独占だ。

 日本では、村主、荒川、安藤美姫(愛知・中京大中京高)らトリノ五輪代表3人娘に加えて、浅田舞(愛知・東海学園高)&真央(グランプリ東海クラブ)姉妹らもアイドルタレント並みの人気となるほど、スケート人気が高まっており、今はどこのリンクも爆発的に混雑するようになった。習い事としても、スケート教室で習うぐらいなら、それほど高くつくものではない。

 活性化は喜ばしいことだ。が、一般営業中は込んでいて練習にならないから、貸し切りの申し込みが殺到してしまい、悲鳴を上げている親やコーチが増えたのも現状である。せっかくスケートに興味を持っても楽しくなければ、リピーターは期待できない。ともかくリンクの数が足りないので、このままでは一過性のブームで終わってしまうだろう。

■北米で練習するメリットとデメリット 

 トリノ五輪代表選手たちは大会直前まで、日本を離れ、安藤はキャロル・ヘイス・ジェンキンス・コーチのいる米オハイオ州クリーブランドの「ウインターハースト・アイスリンク」、荒川と高橋大輔はコネティカット州の国際スケートセンターでそれぞれ滑り込んだ。村主は新横浜を練習拠点にしているが、2年続けて夏は妹の村主千香(神奈川・東洋英和女大)とともにシカゴで合宿している。

 ロシア人コーチのオレグ・ワシリエフが拠点にしているベンゼンビルのリンクだったら、午前に1時間半、午後に1時間半、彼の教え子だけが2つのうち1つのリンクを独占して練習することができる。つまり、五輪でも優勝候補のタチアナ・トトミアニーナとマキシム・マリニンのペアと村主姉妹の4人だけ。もちろん曲はその間かけ放題だ。

 しかも、過去に世界選手権クラスの競技会に出場した実績のあるスケーターに対し、北米ではほとんどのリンクが「フリーアイス(無料滑走)」の権利を与えている。これは選手たちに対しての敬意の表れと言えるし、一方でそうしたエリート選手が練習してくれたら、これはもう黙っていても宣伝につながるというメリットが、リンクの経営者側にもある。

 もちろんだからといって、北米での生活が必ずしも天国というわけではない。病気やケガの心配はつきまとうし、有力なコーチともなれば、すでにほかに有力な選手を抱えているのだから都合がある。いつ帰国するか分からない外国人を、必ずしも優遇してくれるとは限らないのだ。

 荒川も以前、元コーチのタチアナ・タラソワと前もって約束してあったにもかかわらず、タラソワが時間どおりに現れなかったり、ミシェル・クワンのところへ振り付けに飛んでしまったこともあった。

 また北米では、フィギュアスケートが「お金がかかりすぎるスポーツ」「ケガが多いスポーツ」の代名詞となり、競技人口が一時期のピークと比べて、少しずつ減り始めている。

 それに伴って、スケートリンクもアイスホッケーとフィギュアスケートで時間の取り合いになり、ホッケーの方が優勢。4日間予定していたフィギュアスケートの競技会が3日になり、2日になり、翌年にはたったの1日だけになってしまったという例がいくらでもある。ミシェル・クワン、サーシャ・コーエンより下の世代が意外と育っていないのは、これと無関係ではないはずだ。

 ロシアでもイリーナ・スルツカヤより下の選手では、ビクトリア・ボルチコワらが意外と伸び悩んでいる。国内に練習環境さえ整えば、日本女子選手たちの黄金時代がやって来るかもしれない。

<了>

(スポーツナビ) 

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梅田香子(うめだ・ようこ)
東京都国分寺市出身。1985年に「勝利投手」(河出書房新社)で文芸賞佳作。これはベストセラーになり、以後はフリーランスで主にプロ野球を取材するようになる。1991年、結婚を機に米国永住権を獲得して、米国シカゴに移住。現在は新聞、雑誌、ラジオ、ウェブマガジンでメジャーリーグ、フィギュアスケート、アメリカ文化をテーマに執筆を続ける。著書は「スポーツライターの24時間」(ダイヤモンド社)「マイケル・ジョーダン 真実の言葉」(講談社)「スポーツ・エージェント」(文芸春秋)「フィギュアスケートの魔力」(文
芸春秋)など多数。