2007年、東京中日スポーツに寄稿したものの、再録です。(文責・梅田香子)
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米国のフィギュアスケートに、革命の息吹が起こっている。昨季の全米ジュニアを 制した長洲未来(ながす・みらい=14歳)を筆頭に、日系、あるいは日本人の 両親を持つ米国在住のジュニア選手が次々と台頭しているのだ。

米国のフィギュア スケートの表彰台を、日本にゆかりのある選手が独占する日も近いかもしれない。 

長洲未来の出現は、米国のフィギュア界にとっても衝撃だった。米国内では、1955年に全日本ジュニアを優勝したサーシ・クチキ(本名・ 朽木久)と、中国系カナダ人のシャレーン・ウォン両コーチから指導を受けている。 

伊藤みどりの 
ライバルで、92年アルベール五輪を優勝したクリスティー・ヤマグチは“日系4世” だったが、長洲は両親とも日本人で二重国籍を持ち、ロサンゼルス生まれながら 限りなく日本人に近い。それが、米国で人気の高いフィギュアスケートの全米ジュニア 選手権を、昨季は制した。 

米スケート連盟には約7万人が選手登録されているが、最近は地方の競技会を 見ても、東洋系の選手が表彰台に上がることが目立つ。今季の全米ジュニア優勝 候補、アンジェラ・マクスウェル(15)も母親が日本人で、二重国籍を持つ。 

同じく優勝候補のエリー・カワムラ(14)は、両親とも日本人だ。その下の世代では、 日本人の母を持つモエ・アキレス(13)とハナコ・ガッターマン(12)が台頭している。 

なぜ日本人、あるいは日本にゆかりのある選手なのか。彼女たちには共通した 武器がある。それは高度なジャンプテクニック。ボストンに住むガッターマンの母で、 福岡県出身の大地丘子(たかこ)さんは、ジャンプに伸び悩む娘を、今年前半だけで 3度もボストンと福岡を往復させた。中庭健介らを教える都留泰コーチの指導を 仰ぐためだ。 

同じく福岡県出身の母・奈央子さんを持つアキレスも、この夏は福岡市内のリンクで 練習した。

2人は、長洲のコーチでもある。 
「都留コーチに指導を受けたら、すぐにダブルアクセルを跳べるようになった。 
米国人の先生とは教え方が全く違っていた」(丘子さん) 
「ジャンプの指導が得意な先生は、なぜか東洋系が多い」(奈央子さん) 

実際、米国でジャンプ指導が得意なコーチは少なく、なかなか時間を取ってもらえない。 
対照的に日本のコーチは、都留コーチによれば「僕に限らず、だれでもダブルアクセル や3回転ジャンプを指導できる」という。同コーチは、その背景を「日本の選手は 体が大きくないから、ジャンプを跳ぶのに有利。加えて東洋人の選手は練習熱心」 
と説明する。 

それなら、日本で生まれ育った選手は、もっと世界に君臨していいはずだ。 
そうならない理由は、奈央子さんの「米国の方がリンクが多く、練習環境はいい。 日本は選手もコーチもいいけど、リンクがいつも混んでいて、ジャンプしか練習できないことが多い」という言葉が表しているのではないか。 
「ジャンプの申し子」と言われた伊藤みどりを発端に、日本の女子フィギュアスケーター はジャンプで勝負してきた。受け継がれてきた伝統は練習環境の整った米国にわたり、 世界の頂点で花を咲かせようとしている。 

◆原油高が直撃 
練習環境が整っているとされる米国も、最近はスケーターにとって“冬の時代”を 迎えている。原油の値上がりは選手の家計を直撃。リンクとの往復に使う車の 
ガソリン代がバカにならず、コーチに支払う指導料の値上げも招いている。本文に 登場するモエ・アキレスの母・奈央子さんは「米国でスケートを続けていくのは財政的に 難しくなっている。うちの子は日本、米国、メキシコの国籍を持っているから、将来は メキシコで試合に出るかも」と明かした。 

【人材不足のジャンプ指導コーチ】 
米国でジャンプを基礎から教えられるコーチは、東海岸では人材不足。 
現在は、中国系米国人でニューヨークを拠点とするアンソニー・リュウ、名門の 
ボストン・フィギュアスケート・クラブに所属するコニー・ナカムラに人気が集中している。 
日本育ちのナカムラは、フィリピン人の母を持つ元五輪代表、渡部絵美(48)の実姉だ。